

—近年の国内化粧品市場をどう捉えていますか。
少子高齢化が進行し、化粧をする人口が減っていく中で、消費だけが伸びるという状況は考えにくく、化粧品市場は縮小傾向が続くと捉えている。
まだ成熟市場でない男性化粧品以外の既存カテゴリーは、ノンシリコンシャンプーに代表されるようなニッチな商材によって活性化はみられるものの、長期的にみれば厳しい状況に変わりはない。
—一方で、新たに業界に参入してくる他業種企業が相次いでいます。
人口減少による消費の低下は、他の業界にとっても同様であり、新たなビジネスチャンスを見出していかねばならない状況に置かれている。
最近も食品大手を中心に新規ビジネスとして化粧品業界への参入が増えてきている。また、通販チャネルを軸にオールインワンジェルなどを展開する他業種中堅企業には勢いが感じられ、シェア競争はさらに激しさを増していくと思われる。
—他業種企業が新規ビジネスとして化粧品業界に着目しているのはなぜでしょうか。
女性を美しくする商品のため、企業のイメージとしても悪くなく、市場も縮小傾向にあるとはいえ、他の業界に比べると落ち込み幅は小さい。高収益企業も比較的多い。さらに、医薬品や食品などの異業種からすれば、多額の投資をせずに参入できるという点も魅力的に映って見えるはずだ。
参入企業がすべて成功しているかどうかは別として、そうした新規参入企業の存在感は年々大きくなってきている。
あまりメディアで触れられていないが、大手メーカーの国内事業だけを切り取れば、最近10数年間でかなり売上げが落ち込んでいることからも、既存のブランドメーカーが苦しい状況にあると言える。
—そうした市況下で、化粧品OEM業界の動向はいかがですか。
新規参入を図る企業のほとんどが、工場を持たないファブレス企業だ。そのため、製造を請け負う私たちOEMにとってはフォローウインドと言える。
かつてOEMは、顧客であるブランドメーカーの業績に左右されやすい業界だった。いわゆる「下請け」という立場だったからだ。しかし、近年の電子・家電業界に見られるように、OEMがブランドメーカーを凌ぐような時代を迎えている。私も、化粧品業界の発展には自前主義・クローズドイノベーションから脱却を図るべきであると考え、「オープンイノベーション」の考え方を講演や業界紙などで発信し続けてきた。
メーカーの真の目的を考えれば、それは自社製品を販売し、利益を上げることだ。あくまで手段である製造部門などは、収益を圧迫させてまで維持する必要はない。
昨年は大手化粧品会社が工場再編をいち早く実施し、いよいよ本格化してきた。生産部門・研究部門の合理化を図り、アウトソーシングを活用する他のブランドメーカーは、今後間違いなく増えてくる。
—そうしたメーカーの動きに対し、OEMが取るべき対応は。
メーカーの立場にたてば、大事な自社製品であるからこそ、安心して任せられるOEMを選定・委託したいはずだ。したがって、私たちOEMは、ブランドメーカーと同等かそれ以上の『開発力』『生産力』『品質管理力』を重点的に強化していく必要がある。

—「生産力」という点では、貴社は今年より静岡工場を稼働させて国内4工場体制にされました。
これまでは西日本エリアでの3工場体制だったが、関東圏を中心に取引先が増えていたこともあり、東日本エリアに生産拠点を置きたいと考えていた。東日本の顧客サービス向上につなげていくつもりだ。
早い段階から工場の分散化を図ってきた理由は、大きく2つある。一つは「工場労働力の安定確保」、もう一つは「災害などのリスクヘッジ」だ。
現在、常時8000SKUを生産しており、各工場に300名前後の労働者を安定的に確保できる環境にしておかねばならない。また、災害が多い日本では、BCP・DCPの観点から、取引先に対する製品供給阻害のリスクをヘッジするためにも生産拠点を分散しておく必要がある。
—「開発力」の強化という点では、既存3工場に研究所を併設しておりますね。
3つの研究所には約100名の研究員が在籍しており、年間800SKUの新製品を開発している。毎年、大学院生を中心に技術系スタッフの採用をコンスタントに進めており、今年も新入社員26名のうち、技術系を中心に院卒・大卒者が半数を占める。
当社の新製品は、多種多様な顧客からの情報を統計処理し、マーケティングに活かして開発したものばかりで、最近では当社の生産力ではなく、むしろ開発力を期待されて依頼されるケースが増え、単なる受託製造というOEMではなく、ODM化がいよいよ形になってきた。
私が入社した約50数年前は、年商8000万円程度で他のOEMと同様、下請けという意識だった。成長に向け、新たに投資したいと考えれば、十分な利益が必要だ。そして利益を出すには、低価格受託の下請け化を排除していかねばならなかった。
それ以降、研究開発力を強化し続けてきた。それとともに、企業規模や販売チャネルなどが異なる企業との取引を積極的に進め、流行にすぐに対応でき、あらゆる品目を開発することに注力し続け、市場の変動があっても、自動的にバランスがとれ、業績を安定させられる体制を長年に渡って築いてきた。現在取引のある約350社の企業別売上シェアも全て1割未満に抑えており、経営的にバランスがとれているのも当社の特徴だ。
さらに細かいことを言えば、営業の売上予算を立てる際、当社では取引先1社ごとに分析し、前年との比較から、現在の進捗状況、そして自分たちの努力で伸ばせる分まで割り出して立てている。それらを合算し、前年度の実績をクリアしていなければ、クリアするまで徹底して詰めていく。だからこそ、メディアなどの取材でも売上目標の質問に対し、明確な数字を上げられる。そして、それら取材記事を全社員が閲覧できるようにし、社員全員で「掲げた以上は達成する」という強い意志で取り組んでいる。
この10年間では08年のリーマンショック、11年の東日本大震災などもあったが、有言実行で連続増収を達成できたことは、社員の功績が大きく、とても感謝している。今期(2015年3月期)は、既に発表している通り、前年比約7%増となる250億円の達成を目指す。決して簡単ではないが、不可能な数字ではなく、その先には売上高300億円も見据えている。

—ブランドメーカーが海外事業を進展させていく中、OEMもグローバル展開を推進する企業が増えてきました。
多くのブランドメーカーは、海外事業では販売に注力し、日系OEMに、国際レベルの品質を保証できる工場を求める傾向にある。しかし、海外で工場を持つリスクは、国内以上に大きい。より綿密なリサーチが必要だと感じている。
当社は合弁会社の韓国コルマーと、100%独資の中国・蘇州コルマーを展開しているが、どちらも10年以上リサーチしてから進出した。
特に韓国コルマーは、韓国で成功している日本の化粧品企業が見当たらないことからも、海外化粧品ビジネスの成功事例だと自負している。
韓国との国交回復から2年後の1967年より市場調査を行い、設立したのは90年だ。当時の韓国は新規参入企業への制約が厳しく、新規ブランドも認められておらず、参入するには既存のブランドメーカーを買収する方法しかなかった。当然、OEMという事業の存在すら知らず、日本の厚労省にあたる当時の保健社会部に、存在意義を説明した。
会社設立にあたっては、円滑にビジネスを進めるためには合弁事業を選択し、かつ出資額を49:51で韓国側に優位性を持たせることにした。その選択が功を奏し、操業開始から3年後には黒字に転じ、その8年後の2002年には韓国証券取引所に上場した。
現在は化粧品だけでなく、ジェネリック医薬品や健康食品も手がける総合OEMとして、売上高もかなりの規模になった。
—中国の蘇州コルマーは1997年に現地法人を設立されています。どのような経緯で進出されましたか。
文化大革命が終息した4年後の1980年から調査をスタートした。
中国進出に際して「アジア進出を目指す外資系の化粧品メーカーの受け皿になる」「ローカル企業への高品質な商品を供給する」そして「事業の多角化を図る異業種への対応を図る」という3つの目的性を持ってリサーチを進め、独資での会社設立を目指した。
設立当時はちょうどアジアの通貨危機に見舞われ、通貨問題が安定するまで約3年待ち、2000年より本格的に操業した。韓国コルマーほどのスピード成長ではなかったが、5年後には黒字化につなげた。
顧客も当初は日本を含む外資系企業が中心だったが、操業から10年以上が経過し、最近ではローカル企業との取引が増えてきた。中国に住む生活者の中には、ローカル企業が作った製品をまだ信用しきっていない一面が見られるが、今後、品質向上が図れれば、間違いなくローカル企業が伸びてくる。
—新たに海外拠点を置く予定はありますか。
海外は大手をはじめとするブランドメーカー各社が今後もギアを入れ続けていかねばならない市場だ。当社も「チャイナ+1」の戦略で、東南アジア諸国のリサーチを続けている最中だ。
これまでの海外進出と同様のパターンが通用すると考えているが、どのエリアもブランドメーカーが市場を育成している段階であり、もう少しリサーチが必要だと感じている。